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蠅(日語小說連載)3

  三

  宿場の空虛な場庭(ばにわ)へ一人の農婦が馳(か)けつけた。彼女はこの朝早く、街に務(つと)めている息子から危篤(きとく)の電報を受けとった。それから露に濕(しめ)った三里の山路(やまみち)を馳け続けた。

  「馬車はまだかのう?」

  彼女は馭者(ぎょしゃ)部屋を覗(のぞ)いて呼んだが返事がない。

  「馬車(ばしゃ)はまだかのう?」

  歪(ゆが)んだ畳の上には湯飲みが一つ転って(ころがって)いて、中から酒色の番茶(ばんちゃ)がひとり靜(しずか)に流れていた。農婦はうろうろと場庭を廻ると、饅頭屋の橫からまた呼んだ。

  「馬車はまだかの?」

  「先刻出ましたぞ。」

  答えたのはその家の主婦である。

  「出たかのう。馬車はもう出ましたかのう。いつ出ましたな。もうちと早(は)よ來ると良かったのじゃが、もう出ぬじゃろか?」

  農婦は性急な泣き聲でそういう中(うち)に、早や泣き出した。が、涙も拭(ふ)かず、往還(おうかん)の中央に突き立っていてから、街の方へすたすたと歩き始めた。

  「二番が出るぞ。」

  貓背の馭者は將棋盤を見詰めたまま農婦にいった。農婦は歩みを停めると、くるりと向き返ってその淡い眉毛(まゆげ)を吊り上げた。

  「出るかの。直ぐ出るかの。悴(せがれ)が死にかけておるのじゃが、間に合わせておくれかの?」

  「桂馬(けいま)と來たな。」

  「まアまア嬉しや。街までどれほどかかるじゃろ。いつ出しておくれるのう。」

  「二番が出るわい。」と馭者はぽんと歩(ふ)を打った。

  「出ますかな、街までは三時間もかかりますかな。三時間はたっぷりかかりますやろ。悴が死にかけていますのじゃ、間に合せておくれかのう?」

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