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蠅(日語小說連載)6

  六

  「おっと、待てよ。これは悴の下駄を買うのを忘れたぞ。あ奴(いつ)は西瓜(すいか)が好きじゃ。西瓜を買うと、俺(おれ)もあ奴も好きじゃで両得じゃ。」

  田舎紳士(いなかしんし)は宿場へ著いた。彼は四十三になる。四十三年貧困と戦い続けた効(かい)あって、昨夜漸(ようや)く春蠶(はるご)の仲買(なかがい)で八百円を手に入れた。今彼の胸は未來の畫策のために詰っている。けれども、昨夜銭湯(せんとう)へ行ったとき、八百円の札束を鞄(かばん)に入れて、洗い場まで持って這入って笑われた記憶については忘れていた。

  農婦は場庭の床幾(しょうぎ)から立ち上ると、彼の傍(そば)へよって來た。

  「馬車はいつ出るのでござんしょうな。悴が死にかかっていますので、早(は)よ街へ行かんと死に目に逢(あ)えまい思いましてな。」

  「そりゃいかん。」

  「もう出るのでござんしょうな、もう出るって、さっきいわしゃったがの。」

  「さアて、何しておるやらな。」

  若者と娘は場庭の中へ入ってきた。農婦はまた二人の傍へ近寄った。

  「馬車に乗りなさるのかな。馬車は出ませんぞな。」

  「出ませんか?」と若者は訊(き)き返(かえ)した。

  「出ませんの?」と娘はいった。

  「もう二時間も待っていますのやが、出ませんぞな。街まで三時間かかりますやろ。もう何時になっていますかな。街へ著くと正午(ひる)になりますやろか。」

  「そりゃ正午や。」と田舎紳士は橫からいった。農婦はくるりと彼の方をまた向いて、

  「正午になりますかいな。それまでにゃ死にますやろな。正午になりますかいな。」

  という中(うち)にまた泣き出した。が、直ぐ饅頭屋の店頭へ馳けて行った。

  「まだかのう。馬車はまだなかなか出ぬじゃろか?」

  貓背の馭者は將棋盤を枕にして仰向(あおむ)きになったまま、簀(す)の子(こ)を洗っている饅頭屋の主婦の方へ頭を向けた。

  「饅頭はまだ蒸(む)さらんかいのう?」

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