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職業の苦痛

  理想は女弁護士

  幼少の頃、<!R>將來(いまに)<!R>汝(おまえ)は何に成るの? と能く聞かれたものでした。すると私は男の子の<!R>如(よう)に<!R>雙肩(かた)聳やかして女弁護士! と答えました。それが十四五の時分には激変して、沈鬱な少女になって<!R>了(しま)いましたが、今は果たして違わず女弁護士と迄ならずとも、女新聞記者というお転婆者になりました。

  最初は、女権拡張論ぐらい唱え出す意気込みがあったかも知れませんが、どうしてどうして社會は私達に、そんな自由を與えて呉れません。

  自分の素養の足りない事をも顧みず、盲人蛇に怯じず的に、逆巻く濁流の渦中に飛び込んだので御座いました。

  今思い出すと、怖ろしさと恥ずかしさとに戦慄を覚えます。

  幾多の人の親切も<!R>誠意(まこと)も、年老いた父母の涙をも、唯々自らの個性を葬る圧迫とのみ思いました。

  自由とか解放とか、<!R>然(そ)うした世界に憧憬して、煙のような夢の如な天地を想見して、遂に溫かい父母の膝下を去ったのです。

  果たして自由の世界を発見する事を得ましたでしょうか。

  婦人記者となる

  社會に出てから、仕事は私にとって、案外困難な事でも御座いませんでした。然し自分の純白であった感情を斯くまで損なわれる事とは思いもよらなかったのでした。

  最初に與えられた仕事というのは、名士や夫人を訪問する事で、余り<!R>六ヶ敷(むずかし)い事とも思われませんが、中中然うでないのです。然し初めの二三日は何の経験もないので、黙って<!R>卓子(テーブル)の前にあって、雑誌の切り抜き等をさせられていました。編輯長や主任に対しては、唯々満身敬意の念を持って、御意の侭に働きました。然し想像した新聞社というものは、目の回る程忙しい活気の満ち満ちたものだと思って居りましたにも係わらず、毎日<!R>凝(じっ)としているので、苦痛で苦痛で堪えられません。すると、××主任もそれを察して下すって「然うしているのも苦しいでしょうから、何処か訪問して御覧なさい?!工?、嬉んで話し相な人を、皆で列挙してくれました。イの一番に伺ったのは、慥か岡田八千代女史のお宅だと覚えています。

  訪問難

  東京の地理さえも委しく知らず、何でも渋谷の伊達という<!R>?。à浃筏─污Eと聞いたので、青山の終點で電車を下りました。――今思えば割合に大膽でしたね――そして、伊達跡伊達跡と尋ね廻ったけれども、一向わかりません。

  酒屋で聞いても薪屋で聞いても知れません。凡そ二時間も渋谷の野をうろついて、漸く差配をしている、駄菓子屋のお爺さんに尋ねますと、「その岡田さんというのは何を商売にしていなさるんです?!工趣い盲俊!该佬g家、あの絵をお書きになるのです。」お爺さんは此の界隈で有名な<!R>識者(ものしり)だそうですが、猶首を傾けて考え込んで居まして、

  「それでは、<!R>俺(わし)の姪にあたるのですが、その亭主が<!R>絵師(えかき)ですから、<!R>其処(そこ)へ行ってお聞きなさい、ナアニ、直き向こうの小さい家です」と親切に教えて呉れました。

  日當たりの悪い茅葺き屋根の家です。御免下さいとおとなえば、若い病みあがりらしい妻君が、蒼い顔をして出て來ました。その妻君も「岡田さん――、美術家――」と、暫く考え込んでいましたが、

  「その方の奧さんでしょう、小説をお書きになるのは。それならば小説にいつか天現寺橋の辺りとありましたよ」とその橋を教えて呉れました。天現寺橋なんて名前すらも初めて聞くので御座います。<!R>漸(ようよ)うにして其のお玄関に辿りついた時は、何しろ二時間も足駄を引き摺ったのでしたから、足袋は切れる足は痛む、馴れないので全身綿のように疲れていました。

  問いたいと思う事も口に出ず、思い切って問題を提出すれば、八千代女史は謙虛に、

  「私達にはわかりませんで御座います?!工趣婴策[ばす。それを突っ込む勇気もなければ、<!R>術(すべ)も知らず、唯話の途絶えめ途絶えめを、何処からかカンナの音が響いて來ます。その間の悪かった事はお話になりません。

  談話は斷片的で社へ帰ったとて、記事になりそうもなく、その焦慮と恥ずかしさが込み上げて、座に居堪えないようで御座いました。それでも日頃尊敬していた人に<!R>見(まみ)えた、一種の満足を得て、私は社へ帰って參りました。初めての事で非常に印象強く、どうか斯うか纏めて書きました。

  自分を殺してかかる

  男の方を訪問するのは割合に楽で、問題さえ提出すれば大抵の方はお話し下さるので、別に呼吸も何も要りませんが、婦人にして訪問記者に応ずる方は、余程解った方でしょう。

  逢うには逢って下さるが、御謙遜が過ぎて皮肉なように受け取れます。尤も此方が神経過敏になっているせいで、<!R>先方(さき)でも責任を重んぜられるが故に、無暗にお口をお開きにならぬのでしょう。然し何時お目にかかっても気持ちのよいのは、蕓術家、もしくは蕓術を解された方で御座いましょう。

  広い世間を歩いて見ると、色々な人に出會いますから、自分というものを全然殺してかからないと、此の商売は出來ません。

  ある舊華族でしたが、御令嬢にお目にかかりたいと申し出でました。すると、「當家の姫君は新聞の<!R>材料(ねた)には相成らせられぬ。」とある。今時こんな事を聞いてお芝居のようだと、編輯室の一同で笑いました。

  斯ういうものは執事の老人が時勢を知らぬので、夫人なり令嬢なりは當代の教育も受けられているし、決してそんな事はあるまいと存じます。それから櫻井ちか子(1)女史を訪問した事が御座いましたが、それも大きに失敗談。女史がタイプライターをせらるる間、三十分許り応接間でお待ち申すと、<!R>軈(やが)て女史は入ってこられた。

  先ず氷のように冷たい瞳の視線に、若い胸を射られて、ジロジロと見られるのが辛くて、居堪えられませんでしたが、自分は今訪問記者であるという自覚を強くして、問題を提出すると、「自分の答うべき問題ではない。」とある。それでは何でもお考えつきの事を、というと、「私は學校の長としても、一家の主婦としても多忙な身で新聞の<!R>種子(たね)など考えている<!R>閑暇(ひま)はなかった?!工趣いη椁堡胜ぱ匀~.全く女史の<!R>仰有(おっしゃ)る如く、問題の適不適を考えて持って行くべきでしょうが、此の問題ならあの人は熱をもって話すだろうと思っても、決して然うはゆかぬ場合もあるのですもの。

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