名將にも將に將たる器と、武勇に秀でた部將として知られた者とがある、漢の李広やその孫の李陵のごときは、明らかに後者に屬する。天下に勇名をとどろかした將軍が続いて輩出するのも道理、隴西（甘粛）の李將軍の家は先祖代々の武人の血統(tǒng)を誇っていた。

　　ここ隴西は胡地に近い。すぐ北に接するオルドス砂漠は、匈奴の前進(jìn)基地となっているし、街の周辺には六盤山脈の支脈が伸びている。國(guó)境都市らしい荒々しい雰囲気に包まれて幼少時(shí)代を送った李広は、やがて正式に武術(shù)の訓(xùn)練を受けるようになると、めきめき頭角をあらわしはじめた。武將の子として恥ずかしくないだけの風(fēng)格は自然と身にそなわっていたが、こと弓を執(zhí)ってはめったに人におくれをとらない自信があった。文帝の十四年に匈奴が大挙粛関を侵したときは、わずかな、しかし十二分に鍛え上げた手兵を率いて、匈奴にも決して劣らないだけの見事な騎馬戦術(shù)と弓の腕前を示したのだった。數(shù)十年來匈奴から苦杯をなめさせられ続けてきた文帝は、我がことのように喜んだ。そして急に手元に置きたいと思いたたれたのであろう、侍従武官に任命したのである。

　　虎と組み打ちして見事に仕止めたのは、文帝の狩りのお供を仰せつかった時(shí)のことだった。危うく難をまぬかれた文帝は、今さらのように驚いて、

　　「さてさて、そなたは惜しいことをしたものだな。

　　高祖の時(shí)代に生まれあわせていれば、どんな大大名に出世したかも知れなかったのに。」

　　「いいえ、大大名にはなりたくありません。

　　國(guó)境の守備隊(duì)長(zhǎng)がわたしの望みです。」

　　こうして李広は、かねてから望んでいた辺境の守備隊(duì)長(zhǎng)を、またも転々とすることになったのである。この間にたてた手柄は數(shù)限りない。しかし世渡りが下手だったせいであろうか、官位は一向に進(jìn)まないばかりか、時(shí)には免職にさえなりかけたほどだった。

　　將軍の真価を知っていたのは、かえって敵の匈奴の方だったかも知れない。漢の飛將軍の名を奉って、あえて將軍の城塞を窺おうとしなかった。右北平の匈奴が安全でなかったばかりではない。わがもの顔に山野を橫行していた虎も安全ではなかった。草原のなかの石を、虎と見誤って射た時(shí)などは、矢鏃が隠れるぐらい深く石に突き刺さった。石に矢が立ったのである。近づいてみて石であることが判ってから改めて射た矢は、今度は突き刺さらなかったという話である。これが「一念巖をも通す」の故事である。（『史記」?李將軍伝）

　　この話は李広將軍の弓勢(shì)をたたえて人々が作りだした話かも知れぬ。

　　それはともかくとして、彼が弓に秀でていたことは確かである。しかもそれは修練によって得た技の域を越えていたらしい。ではその弓勢(shì)の抜群であったのはなぜかというと、彼が猿臂であったからだという。司馬遷は『史記」の「李將軍伝」にこう書いている。「李広は背が高く、猿臂であった。彼が弓をよくしたのも、また天性である」と。

　　猿臂とは猿のように腕が長(zhǎng)いことをいう。猿のように腕が長(zhǎng)ければ、弓を引くにも都合がよいはずである。