日本人の自然観(三)
日本人の日常生活
まず衣食住の中でもいちばんだいじな食物のことから考えてみよう。
太古の先住民族や渡來民族は多く魚貝や鳥獣の肉を常食としていたかもしれない。いつの時代にか南洋またはシナからいろいろな農法が伝わり、一方ではまた肉食を忌む仏教の伝播(でんぱ)とともに菜食が発達し、いつとなく米穀が主食物となったのではないかというのはだれにも想像されることである。しかしそうした農業がわが國の風土にそのまま適していたか、少なくも次第に順応しつつ発達しうるものであったということがさらに根本的な理由であることを忘れてはならない。
「さかな」の「な」は菜でもあり魚でもある。副食物は主として魚貝と野菜である。これはこの二つのものの種類と數量の豊富なことから來る自然の結果であろう。またそれらのものの比較的新鮮なものが手に入りやすいこと、あるいは手に入りやすいような所に主要な人口が分布されたこと、その事実の結果が食物の調理法に特殊な影響を及ぼしているかと思われる。よけいな調味で本來の味を掩蔽(えんぺい)するような無用の手數をかけないで、その新鮮な材料本來の美味を、それに含まれた貴重なビタミンとともに、そこなわれない自然のままで摂取するほうがいちばん快適有効であることを知っているのである。
中央アジアの旅行中シナの大官からごちそうになったある西洋人の紀行中の記事に、數十種を算する獻立のどれもこれもみんな一様な黴(かび)のにおいで統括されていた、といったようなことを書いている。
もう一つ日本人の常食に現われた特性と思われるのは、食物の季節性という點に関してであろう。俳諧歳時記(はいかいさいじき)を繰ってみてもわかるように季節に応ずる食用の野菜魚貝の年週期的循環がそれだけでも日本人の日常生活を多彩にしている。年じゅう同じように貯蔵した馬鈴薯(ばれいしょ)や玉ねぎをかじり、干物塩物や、季節にかまわず豚や牛ばかり食っている西洋人やシナ人、あるいはほとんど年じゅう同じような果実を食っている熱帯の住民と、「はしり」を喜び「しゅん」を貴(たっと)ぶ日本人とはこうした點でもかなりちがった日常生活の內容をもっている。このちがいは決してそれだけでは済まない種類のちがいである。
衣服についてもいろいろなことが考えられる。菜食が発達したとほぼ同様な理由から植物性の麻布綿布が主要な資料になり、毛皮や毛織りが輸入品になった。綿布麻布が日本の気候に適していることもやはり事実であろうと思われる。養蠶が輸入されそれがちょうどよく風土に適したために、後には絹布が輸出品になったのである。
衣服の様式は少なからずシナの影響を受けながらもやはり固有の気候風土とそれに準ずる生活様式に支配されて固有の発達と分化を遂げて來た。近代では洋服が普及されたが、固有な和服が跡を絶つ日はちょっと考えられない。たとえば冬濕夏乾の西歐に発達した洋服が、反対に冬乾夏濕の日本の気候においても和服に比べて、その生理的効果がすぐれているかどうかは科學的研究を経た上でなければにわかに決定することができない。しかし、日本へ來ている西洋人が夏は好んで浴衣(ゆかた)を著たり、ワイシャツ一つで軽井沢(かるいざわ)の町を歩いたりすることだけを考えても、和服が決して不合理なものばかりでないということの証拠がほかにもいろいろ捜せば見つかりそうに思われる。しかしおかしい事には日本の學者でまだ日本服の気候學的物理的生理的の意義を充分詳細に研究し盡くした人のあることを聞かないようである。これは私の寡聞のせいばかりではないらしい。そういう事を研究することを喜ばないような日本現時の不思議な學風がそういう研究の出現を阻止しているのではないかと疑われる。
余談ではあるが、先日田舎(いなか)で農夫の著ている簔(みの)を見て、その機構の巧妙と性能の優秀なことに今さらに感心した。これも元はシナあたりから伝來したものかもしれないが、日本の風土に適合したために土著したものであろう。空気の流通がよくてしかも雨やあらしの侵入を防ぐという點では、バーベリーのレーンコートよりもずっとすぐれているのではないかという気がする。あれも天然の設計に成る鳥獣の羽毛の機構を學んで得たインジェニュイティーであろうと想像される。それが今日ではほとんど博物館的存在になってしまった。
日本の家屋が木造を主として発達した第一の理由はもちろん至るところに繁茂した良材の得やすいためであろう、そうして頻繁(ひんぱん)な地震や臺風の襲來に耐えるために平家造りか、せいぜい二階建てが限度となったものであろう。五重の塔のごときは特例であるが、あれの建築に示された古人の工學的才能は現代學者の驚嘆するところである。
床下の通風をよくして土臺の腐朽を防ぐのは溫濕の気候に絶対必要で、これを無視して造った文化住宅は數年で根太(ねだ)が腐るのに、田舎(いなか)の舊家には百年の家が平気で立っている。ひさしと縁側を設けて日射と雨雪を遠ざけたりしているのでも日本の気候に適応した巧妙な設計である。西洋人は東洋暖地へ來てやっとバンガローのベランダ造りを思いついたようである。
障子というものがまた存外巧妙な発明である。光線に対しては乳色ガラスのランプシェードのように光を弱めずに拡散する効果があり、風に対してもその力を弱めてしかも適宜な空気の流通を調節する効果をもっている。
日本の家は南洋風で夏向きにできているから日本人は南洋から來たのだという説を立てた西洋人がいた。原始的にはあるいは南洋に系統を引いていないとも限らないであろうが、しかしたとえそうであっても現時の日本家屋は日本の気候に適合するように進化し、また日本の各地方でそれぞれの気候的特徴に応じて多少ずつは分化した発達をも遂げて來ている。屋根の勾配(こうばい)やひさしの深さなどでも南國と北國とではいくらかそれぞれに固有な特徴が見られるように思われる。
近來は鉄筋コンクリートの住宅も次第にふえるようである。これは地震や臺風や火事に対しては申しぶんのない抵抗力をもっているのであるが、しかし一つ困ることはあの厚い壁が熱の伝導をおそくするためにだいたいにおいて夏の初半は屋內の濕度が高く冬の半分は乾燥がはげしいという結果になる。西歐諸國のように夏が乾期で冬が濕期に相當する地方だとちょうどいいわけであるが、日本はちょうど反対で夏はたださえ多い濕気が室內に入り込んで冷卻し相対濕度を高めたがっているのであるから、屋內の壁の冷え方がひどければひどいほど飽和がひどくなってコンクリート壁は一種の蒸留器の役目をつとめるようなことになりやすい。冬はまさにその反対に屋內の濕気は外へ根こそぎ絞り取られる勘定である。
日本では、土壁の外側に羽目板を張ったくらいが防寒防暑と濕度調節とを両立させるという點から見てもほぼ適度な妥協點をねらったものではないかという気がする。
臺灣(たいわん)のある地方では鉄筋コンクリート造りの鉄筋がすっかり腐蝕(ふしょく)して始末に困っているという話である。內地でもいつかはこの種の建築物の保存期限が切れるであろうが、そうした時の始末が取り越し苦労の種にはなりうるであろう。コンクリート造りといえども長い將來の間にまだ幾多の風土的な試練を経た上で、はじめてこの國土に根をおろすことになるであろう。試験はこれからである。
住居に付屬した庭園がまた日本に特有なものであって日本人の自然観の特徴を説明するに格好な事例としてしばしば引き合いに出るものである。西洋人は自然を勝手に手製の鋳型にはめて幾何學的な庭を造って喜んでいるのが多いのに、日本人はなるべく山水の自然をそこなうことなしに住居のそばに誘致し自分はその自然の中にいだかれ、その自然と同化した気持ちになることを楽しみとするのである。
シナの庭園も本來は自然にかたどったものではあろうが、むやみに奇巖怪石を積み並べた貝細工の化け物のようなシナふうの庭は、多くの純日本趣味の日本人の目には自然に対する変態心理者の暴行としか見えないであろう。
盆栽生け花のごときも、また日本人にとっては庭園の延長でありまたある意味で圧縮でもある。箱庭は言葉どおりに庭園のミニアチュアである。床の間に山水花鳥の掛け物をかけるのもまたそのバリアチオンと考えられなくもない。西洋でも花瓶(かびん)に花卉(かき)を盛りバルコンにゼラニウムを並べ食堂に常緑樹を置くが、しかし、それは主として色のマッスとしてであり、あるいは天然の香水びんとしてであるように見える。「枝ぶり」などという言葉もおそらく西洋の國語には訳せない言葉であろう。どんな裏店(うらだな)でも朝顔の鉢(はち)ぐらいは見られる。これが見られる間は、日本人は西洋人にはなりきれないし、西洋の思想やイズムはそのままの形では日本の土に根をおろしきれないであろうとは常々私の思うことである。
日本人の遊楽の中でもいわゆる花見遊山はある意味では庭園の拡張である。自然を庭に取り入れる彼らはまた庭を山野に取り広げるのである。
月見をする。星祭りをする。これも、少し無理な言い方をすれば庭園の自然を宇宙空際にまで拡張せんとするのであると言われないこともないであろう。
日本人口の最大多數の生産的職業がまた植物の栽培に関しているという點で庭園的な要素をもっている。普通な農作のほかに製茶製糸養蠶のごときものも、鉱業や近代的製造工業のごときものに比較すればやはり庭園的である。風にそよぐ稲田、露に浴した芋畑を自然観賞の対象物の中に數えるのが日本人なのである。
農業者はまたあらゆる職業者の中でも最も多く自然の季節的推移に関心をもち、自然の異常現象を恐れるものである。この事が彼らの不斷の注意を自然の観察にふり向け、自然の命令に従順に服従することによってその厳罰を免れその恩恵を享有するように努力させる。
反対の例を取ってみるほうがよくわかる。私の知人の実業家で年じゅう忙しい人がある。この人にある時私は眼前の若葉の美しさについての話をしたら、その人は、なるほど今は若葉時かと言ってはじめて気がついたように庭上を見渡した。忙しい忙しいで時候が今どんなだかそんなことを考えたりする余裕はないということであった。こういう人ばかりであったら農業は成立しない。
津々浦々に海の幸(さち)をすなどる漁民や港から港を追う水夫船頭らもまた季節ことに日々の天候に対して敏感な観察者であり予報者でもある。彼らの中の古老は気象學者のまだ知らない空の色、風の息、雲のたたずまい、波のうねりの機微なる兆候に対して尖鋭(せんえい)な直観的洞察力(どうさつりょく)をもっている。長い間の命がけの勉強で得た超科學的の科學知識によるのである。それによって彼らは海の恩恵を受けつつ海の禍(わざわい)を避けることを學んでいるであろう。それで、生活に追われる漁民自身は自覚的には海の自然を解説することはしないとしても、彼らを通して海の自然が國民の大多數の自然観の中に浸潤しつつ日本人固有の海洋観を作り上げたものであろう。そうしてさらにまた山幸彥(やまさちひこ);海幸彥(うみさちひこ)の神話で象徴されているような海陸生活の接觸混合が大八州國(おおやしま)の住民の対自然観を多彩にし豊富にしたことは疑いもないことである。
以上述べきたったような日本の自然の特異性またそれによって規約された日本人の日常生活の特異性はその必然の効果を彼らの精神生活に及ぼさなければならないはずである。この方面に関しては私ははなはだ不案內であるが上述の所説の行きがかり上少しばかり蛇足(だそく)を加えることを許されたい。
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